戦前、中国東北地区(旧満州地区)には、開拓団を始めとして多くの邦人が在住していましたが、ソ連軍の対日参戦時(昭和20年8月9日)には、成年男子の多くは日本軍(関東軍)に召集されていたため、残された人々は老人婦女子が主体となっていました。
ソ連参戦以後、これらの人々は、居住地を追われ、避難する途中で、或いは酷寒の難民収容所等で、飢餓や伝染病等により死亡する人が続出するという悲惨な状況にありました。このような状況の中で、生活手段を失い、中国人の妻となるなどして中国に留まった婦人等を「中国残留婦人等」と、両親、兄弟姉妹と生別又は死別し孤児となって中国人に引き取られ、自己の身元を知らないまま今日を迎えた子供を「中国残留日本人孤児」と呼び、これらの人々を「中国残留邦人」と総称しています。 |